私的読者記録大公開 みよの読書日記



★第11回★「悪人は本当に悪人か。の巻」

続きが読みたくて寝られず、読み終えたらその興奮で寝つかれなかった。
この物語に『悪人』とつけた小説家に、私は讃辞を送りたい。

人はある日まったく突然に、不幸な出来事と遭遇する。
そしてその不幸を経てゆく苦渋に満ちた時の中で、それまでは傍観するだけであった現実に、さらにめった打ちにされる。
今にも崩れ落ちそうな肉体は執拗になぶられ、いつも終わりは見えない。

“苦しみ”とはどんなものなのか。
それはどのように生まれ、どう作用するのか。
心に。体に。家族に。社会に。歴史に。
どんな変化を起こすのか。何が起きるのか。
ここにはそれが描かれている、と私は思う。

登場する彼らは、誰しもが誰かを「悪人」に見立てて憎んでいる。
が、誰かにとっての「悪人」は、あくまでも“そこまで”なのだ。
確かにそこにいる「悪人」の存在には、けれど実体がない。
誰かの「悪人」は、彼女の「悪人」ではない。
彼女の「悪人」が、誰かの「悪人」ではないように、それは共有することができない。

そのことに気づいた時。
彼らはがく然とする。言葉を失う。思考を失う。
失わなければ耐えられない痛みに、耐えるために。

笑いながら嘲りながら、怯えた拳をふるう者。
震えながら泣きながら、それでも支えから手を離し歩む者。
悲しみながら祈りながら、詫び続け愛し続ける者。
彼らは「悪人」だろうか。

「悪人」は誰かにしか見えないのかもしれない。
「悪人」は誰かにだけ見えないのかもしれない。
「悪人」は悪人に見えないかもしれない。
「悪人」は悪人ではないのかもしれない。

2008・10・14
『悪人』/吉田修一/朝日新聞社2007




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