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![]() ★第6回★「趣向を変えて。の巻」 ![]() 小説の中には、音楽を連れてくるものがあるように思う。 物語り半ばで続きを読むのが惜しくなってしまう、そんな胸にそっとしまっておきたい小説。 時間も空間も自分自身も忘れて没頭してしまう、よく練られた誰かれなしに薦められる小説。 気のおけない女友達とおしゃべりをしているような、笑って怒って涙ぐめるすごく近しい小説。 音楽を奏でる小説は、そのどれとも違う。 胸が息苦しくなって、続きを読むのがためらわれるのだ。 そして本を閉じてゆっくりと内容を反芻していると、突然、それまでは地鳴りのように低く響いていたざわめきが、1本の明確な旋律になっているのに気づく。 何かが始まる音。 何かが始まる音がする。 「お前はどうなのだ」 「お前には何がある」 言葉ではない音が、私にはそう聴こえてくる。 それはひっそりと攻撃的で、まるでしなやかな鞭のようだ。 私は目を開けることができず、思考以外の一切を封じられる。 あるいは無理やりに目を見開いて、見知った現実の何かに逃れてしまう。 けれどそれはくすぶって私の体内に残り続け、何かの拍子に再燃してしまう厄介な火種となるのだ。 高らかに鳴り響くその音楽を、私はどこかおびえながら、けれどうっとりと聴く。 そして頭の中で、すばやく自分のパートを組み立てようとする。 ジャズのセッションのようなものと言えばいいだろうか。 私から出てゆこうとする音の切れ端を、とにかくつなぎ合わせようともがく。 その作業は上手くゆく場合もあるし、上手くゆかない場合ももちろん、ある。 疑問を呈すだけではなく、答えを強いるかのようなその強さ。 それはとてもシンプルな「怒り」に見える。 単純明快でだからこそ美しいそれは、私にとって非常に貴重な体験だ。 『チョコレート・コスモス』という小説はそういう小説で、私はそういう重要な小説を今まさに楽しんでいる最中である。 出典:チョコレート・コスモス/恩田陸/毎日新聞社2006 ![]() |
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